犬の弁膜症:僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)
犬の弁膜症:僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)
僧帽弁閉鎖不全症(以下 MMVD)は犬の心臓病の代表的な疾患です。犬の心臓の構造は人と類似しており、2心房2心室で成り立っています。左側の心臓の心房と心室の間にある逆流防止弁を僧帽弁(mitral valve)と呼び、この弁が正常に閉鎖できなくなるによって本来左心房から左心室に流れるはずの血液が心室の収縮時に逆流を起こしてしまうことがこの病気の原因になります。(図)
MMVDに罹患しても初期には症状が認められることはほとんどありません。しかし、ある程度病状が進行してくると咳や呼吸が荒い、疲れやすくなったなどの症状が認められるようになります。その状態を放っておくとうっ血性心不全や不整脈性失神を生じ生命を危険に晒してしまいます。この疾患は特に早期発見が重要であるため、動物病院を訪れた際には必ず聴診をしてもらい、早期発見していきましょう。
◇MMVDのステージング
最近では犬の僧帽弁閉鎖不全症や肺高血圧症、猫の肥大型心筋症において 米獣医内科学学会(ACVIM)によりガイドラインとコンセンサスステートメントが発表されています。病気を考える上でガイドラインが存在するメリットは、明確な指標に基づいて治療を行うことができるということです。下記には2019年に発表されたコンセンサスステートメントを紹介します。
*EPIC基準としての左心房、左心室の拡大の指標
①心臓椎骨サイズ(VHS) > 10.5 v ②左房/大動脈径比(LA/Ao)> 1.6 ③標準化左室拡張末期径(LVIDDN)> 1.7
この発表によって、心臓の聴診を始め、エコー検査やレントゲン検査を用いることによって詳細にステージングを行うことが可能になり、それにより治療薬のスタート時期が明確に決定できるようになりました。
◇いつから治療を始めることが推奨されているの?
ではいつから治療を始めることが推奨されているのでしょうか?実際の治療のスタートは無症状であるstage B2 からが強く推奨されています。逆にstage AやB1では治療は推奨されていません。つまり、このMMVDを治療するにあたって重要なことは以下の3つです。
①健康診断やワクチンの時期に早い段階で心雑音を発見すること
②画像検査などを駆使して正しくステージングをすること
③ ②に基づき適切な時期から適切な治療を行うこと
上記の表を見ていくとstage C や D には『心不全』というワードが出てきます。ステージ C や D まで進行してしまうと心不全として急性期治療や重度の慢性期治療が必要になる分、stage B2 とは予後が大きく変わってきしまいます。とはいっても、もちろん全患者様が早期発見できるわけではありません。
◇MMVDの治療
①内科治療
最近では動物用の循環器作動薬が多数発売されており、内科治療を行う上で数年前と比べると格段に治療オプションが増えています。ACEインヒビターを始め、強心薬やβブロッカー、血管拡張薬や利尿剤、それぞれ内服薬や注射薬など多くが使用可能であり慢性期の治療だけでなくステージ C や D の急性肺水腫や急性心不全に対しても治療の精度は上昇しています。呼吸が荒く苦しそう、突然失神してしまったなどの心疾患にも幅広く対応できるようになりました。またstage B2 からは食事療法も適応になります。
②外科治療
今回、ACVIMのコンセンサスステートメントには外科治療の記載も加わりました。もちろん、一般病院ではなく一部の心臓病専門病院でのみ行える非常に難易度もかかる費用も高い治療となりますが、手術を受ける患者様も多くなっております。今後さらに外科治療を受ける患者様が多くなり、標準化された治療となるといいですね。
当院では外科手術は行っておりませんが、日常の診療の中で聴診の徹底、心エコー図検査の精度の向上など比較的質の高い循環器診療を行っていける様、スタッフ一同努力しております。心臓のことで気になることがあればいつでもお気軽にお尋ねください。
その他の記事
-
うっ血性心不全/心原性肺水腫(犬)
心源性肺水腫とは、僧帽弁閉鎖不全症や肥大型心筋症などの心臓病によって心臓内の血液の鬱滞が悪化する事により、肺に血液中の水が押し出され呼吸困難を生じる二次的な病態で…
4年前 -
高カルシウム血症
普段血中のカルシウム濃度は厳密に調整されていますが、恒常性が破綻してしまうと高カルシウム血症が生じてしまいます。軽度の高カルシウム血症の場合は無症状のことが多く、偶発的に見…
1週間前
-
猫の尿管結石の症例
猫の尿管結石は比較的若齢でも発生する泌尿器系の疾患です。腎臓と膀胱をつなぐ尿管に結石が閉塞することで、腎臓で産生された尿が膀胱に流れず、腎臓に貯まってしまいます(水腎症)…
2年前 -
膝蓋骨脱臼
膝蓋骨脱臼とは、子犬に最も多いとされる先天性疾患であり、その割合は7.2%にも及びます。特に小型犬種に多く発生し、大型犬と比較するとその発生リスクは12倍とも言われています…
4年前 -
肝生検
健康診断で『肝臓の数値が高いですね』と言われたことや過去に『黄疸があり大変厳しい病気です』と動物病院で診断されたことはありませんか? 猫ちゃんの肝臓の病気は栄養性、感…
4年前 -
紐状異物
紐状異物は危険な異物の一つで、特に猫に多く見られます。 消化管は食べ物を消化・吸収するために蠕動運動をしています。紐によって手繰り寄せられた消化管は、蠕動運動によって…
1年前 -
気管支鏡を実施した猫の症例
呼吸器疾患に対する検査にはX線検査やCT検査等の画像診断に加えて、血液検査(動脈血液ガス分析)や気管支鏡検査、肺生検(病理検査)などが挙げられます。消化管や肝臓などの他の…
1年前 -
心タンポナーデ
心タンポナーデとは心膜腔(心臓の外側)に液体(心嚢水)が貯留し、心臓を圧迫することで心臓の動きが制限され、機能不全を起こした状態です。全身に血液を送ることが出来なくなり、…
10か月前 -
ノミ・ダニ予防
ノミやダニと聞くと、痒いというイメージを持たれる方が多いと思います。しかし、ノミやダニは痒みを引き起こすだけでなく、わんちゃんや猫ちゃん、さらには人にも様々な病気を引き起こ…
8か月前 -
腫瘍科
獣医療の発展に伴いペットの長寿化が進み、ペットの死因でも悪性腫瘍(ガン)が上位を占めるようになってきました。 犬の平均寿命 14.76 歳、猫の平…
8か月前