先天性疾患 心膜横隔膜ヘルニア整復
腹膜心膜横隔膜ヘルニア(Peritoneopericardial Diaphragmatic Hernia;PPDH)は、「心膜横隔膜ヘルニア」とも呼ばれる、先天的に発生するまれな疾患です。この病気は、胸とお腹を隔てている膜である横隔膜が胎児期にうまく形成されないことで発生します。正常であれば、横隔膜は胸腔(心臓や肺がある空間)と腹腔(肝臓や消化器がある空間)をしっかりと分けています。しかし、横隔膜ヘルニアでは横隔膜の中央部分に欠損(穴)が生じ、この欠損部が心膜(心臓を包む薄い膜)と癒合してしまうことにより、腹腔内の臓器が胸腔内、特に心膜腔に逸脱してしまう異常な状態となります。
症状
このような構造異常により、肝臓、小腸、胃、脾臓などの腹部臓器が心膜内に入り込むことがあり、心臓周囲のスペースが圧迫されることで、さまざまな臨床症状を引き起こす可能性があります。ただし、横隔膜ヘルニアは非常に稀な疾患であり、その多くが無症状または軽度の症状にとどまるため、他の疾患の検査中や健康診断の画像検査などで偶然に発見されるケースが多く報告されています。
過去の報告によると、PPDHと診断された犬や猫の約半数は偶発的に見つかっており、多くの動物では目立った臨床症状を呈しません。しかし、横隔膜の欠損孔が大きく、脱出する臓器の種類や量が多い場合には、呼吸器や消化器に関わる症状が出現することがあります。呼吸器症状としては、努力性呼吸(お腹の筋肉を使った苦しそうな呼吸)や頻呼吸(呼吸の回数が多い)、咳などが見られます。消化器症状には、食欲の低下、元気消失、嘔吐や下痢などがあり、脱出した臓器が腸や胃である場合に多く見られます。
ただし、これらの症状は常に現れるわけではなく、PPDHに特有な症状とは断定しにくいという特徴もあります。また、腸管が心膜腔内で嵌頓(かんとん)すると急性の激しい嘔吐が見られることがあり、肝臓が陥入した場合には、肝酵素の上昇や黄疸が確認されるケースもあります。さらに稀ではありますが、心膜内の圧力上昇によって心臓の機能が急激に低下する「心タンポナーデ」を引き起こし、突然死した例も報告されています。
診断
PPDHの診断には、胸部X線検査や超音波検査が有効であり、心膜腔内に腹部臓器が見られることで診断がつきます。場合によってはCT検査やMRIなどの高度画像診断も用いられ、他の胸腔内疾患との鑑別に役立ちます。
治療
治療法は基本的に外科的修復となります。全身麻酔下で、心膜腔内に逸脱した腹部臓器を丁寧に腹腔内へ戻し、横隔膜の欠損部を縫合して閉鎖します。手術後には、術前に見られた臨床症状の約85%の症例で改善が見られるとされており、特に呼吸状態や食欲不振などの症状は比較的速やかに回復する傾向があります。
症例紹介
症例は、 スコティッシュフォールド、7か月齢、未避妊の女の子です。ヘルニアの整復を行うにあたり、避妊手術も同時に行いました。
症状
今回は嘔吐などの症状は特にありませんでした。
検査・診断


手術の様子
緑の点線が囲っている場所が横隔膜にあいた穴から肝臓が入り込んでいるところです。鉗子を使って周囲の膜をはがしていきます。

ヘルニア孔をみつけて胸の中に入り込んでいる肝臓を引き出します。
肝臓を戻したらヘルニア孔を縫合して閉じていきます。

孔を完全に閉じる前にチューブを挿入して胸腔内の空気をできるだけ抜去します。
完全に孔を閉じます。あとはお腹の皮膚を閉じて手術終了です。

本症例は術後の経過もよく、現時点では再発もなく元気に過ごしています。
ただし手術後も一部の症状が継続することがあり、特に重度の食道炎、慢性的な咳、胸腔内にリンパ液がたまる「乳び胸」や、断続的な嘔吐などが術後に残る可能性も報告されています。また、術中または術後に出血、呼吸停止、低血圧などの合併症が起こることがあります。術後の死亡率は8.8~14%とされており、手術の際にはメリットとデメリットを慎重に検討する必要があります。
一方で、長期的な予後(生存期間)に関しては、経過観察と外科的治療の間で明確な差は認められていないという研究結果もあります。しかし、特に若齢時に臨床症状が現れている症例では、今後の合併症リスクを考慮して外科的治療を選択する飼い主が多いです。個々の症例ごとに、動物の年齢・全身状態・飼い主の希望などを総合的に判断し、最適な治療方針を決定しています。
術後の合併症として気胸(胸腔内に空気がたまる状態)が発生する可能性があり、修復した横隔膜が何らかの原因で再度裂けて再発するケースも稀に報告されています。術後も慎重な経過観察が重要です。
その他の記事
-
若い犬や猫に見られる皮膚糸状菌症(真菌感染症)とは
皮膚糸状菌症とは、皮膚糸状菌と呼ばれる真菌(カビの仲間)による感染症であり、人にも感染するため人獣共通感染症とされています。猫ちゃんでは原因菌として20種ほどが報告されてい…
8か月前 -
酸素中毒とは? | 酸素濃度は高ければいいわけではない!気を付けたい酸素中毒について
皆さんは "酸素中毒" というものをご存じでしょうか。スキューバダイビングなどで酸素ボンベを使ったことがある方は耳にされたことがあるかもしれませんが、実は酸素にも中毒があ…
3年前
-
最新の論文から考える〜犬の避妊手術、いつやるの?〜
はじめに 犬の避妊手術の適期は、犬種や性別によって大きく異なります。一般的なガイドラインを全ての犬に適用することはできず、個々の犬の健康状態や生活状況を考慮した個別化…
2か月前 -
犬の甲状腺機能低下症について | 元気がないや皮膚症状は甲状腺機能低下症の初期症状かも? ~検査および診断編~
こちらの記事では甲状腺機能低下症における検査および診断について解説していきます。 甲状腺機能低下症では、様々な検査が検査が併用される場合があります。 甲状腺機…
1か月前 -
猫の乳腺腫瘍
猫の乳腺腫瘍は犬の乳腺腫瘍と比較して悪性度が高く、おおよそ80%が悪性の癌であると言われています。雌猫に発生する腫瘍のうち17%が乳腺腫瘍であり、比較的発生率の多い腫瘍で…
1年前 -
副腎腫瘍
副腎腫瘍にはいくつか分類があり、その由来として副腎皮質由来か副腎髄質由来かで分けられ、ホルモンを実際に産生・分泌するかどうかで機能性のものと非機能性のものに分けられます。副…
6年前 -
鼻梁にできた多小葉性骨腫瘍
多小葉性骨腫瘍は犬の頭蓋骨にできることの多い骨の腫瘍です。局所で拡大し脳を圧迫することで神経症状を示すことも少なくありません。今回は鼻梁部(鼻と頭蓋骨の間)にできた多小葉性…
3年前 -
犬の甲状腺機能低下症について | 元気がないや皮膚症状は甲状腺機能低下症の初期症状かも?
" 最近元気がない " や " 皮膚症状が出てくるようになった " といった症状が見られることはありませんか?もしかしたら、甲状腺機能低下症の初期症状かもしれません。 …
2か月前 -
副腎腫瘍について解説 | よくお水を飲む、尿が薄くて多いは病気の初期症状かも!? ~検査・診断編~
こちらの記事では副腎腫瘍の症例での必要な検査や診断について解説していきます。 副腎腫瘍では診断するためには様々な検査が必要になってきます。 ぜひ最後までお読みい…
4か月前 -
フィラリア予防
毎年春になるとフィラリア予防という言葉を耳にすると思います。なんとなくわんちゃんに害がありそうだから、健康診断のついでにやっておこうかな?本当にフィラリアの検査って必要なの…
3年前
