ご予約はこちら
045-932-5151
2025年10月4日

先天性疾患 心膜横隔膜ヘルニア整復

腹膜心膜横隔膜ヘルニア(Peritoneopericardial Diaphragmatic Hernia;PPDH)は、「心膜横隔膜ヘルニア」とも呼ばれる、先天的に発生するまれな疾患です。この病気は、胸とお腹を隔てている膜である横隔膜が胎児期にうまく形成されないことで発生します。正常であれば、横隔膜は胸腔(心臓や肺がある空間)と腹腔(肝臓や消化器がある空間)をしっかりと分けています。しかし、横隔膜ヘルニアでは横隔膜の中央部分に欠損(穴)が生じ、この欠損部が心膜(心臓を包む薄い膜)と癒合してしまうことにより、腹腔内の臓器が胸腔内、特に心膜腔に逸脱してしまう異常な状態となります。

症状

このような構造異常により、肝臓、小腸、胃、脾臓などの腹部臓器が心膜内に入り込むことがあり、心臓周囲のスペースが圧迫されることで、さまざまな臨床症状を引き起こす可能性があります。ただし、横隔膜ヘルニアは非常に稀な疾患であり、その多くが無症状または軽度の症状にとどまるため、他の疾患の検査中や健康診断の画像検査などで偶然に発見されるケースが多く報告されています。

過去の報告によると、PPDHと診断された犬や猫の約半数は偶発的に見つかっており、多くの動物では目立った臨床症状を呈しません。しかし、横隔膜の欠損孔が大きく、脱出する臓器の種類や量が多い場合には、呼吸器や消化器に関わる症状が出現することがあります。呼吸器症状としては、努力性呼吸(お腹の筋肉を使った苦しそうな呼吸)や頻呼吸(呼吸の回数が多い)、咳などが見られます。消化器症状には、食欲の低下、元気消失、嘔吐や下痢などがあり、脱出した臓器が腸や胃である場合に多く見られます。

ただし、これらの症状は常に現れるわけではなく、PPDHに特有な症状とは断定しにくいという特徴もあります。また、腸管が心膜腔内で嵌頓(かんとん)すると急性の激しい嘔吐が見られることがあり、肝臓が陥入した場合には、肝酵素の上昇や黄疸が確認されるケースもあります。さらに稀ではありますが、心膜内の圧力上昇によって心臓の機能が急激に低下する「心タンポナーデ」を引き起こし、突然死した例も報告されています。

診断

PPDHの診断には、胸部X線検査や超音波検査が有効であり、心膜腔内に腹部臓器が見られることで診断がつきます。場合によってはCT検査やMRIなどの高度画像診断も用いられ、他の胸腔内疾患との鑑別に役立ちます。

治療

治療法は基本的に外科的修復となります。全身麻酔下で、心膜腔内に逸脱した腹部臓器を丁寧に腹腔内へ戻し、横隔膜の欠損部を縫合して閉鎖します。手術後には、術前に見られた臨床症状の約85%の症例で改善が見られるとされており、特に呼吸状態や食欲不振などの症状は比較的速やかに回復する傾向があります。

症例紹介

症例は、 スコティッシュフォールド、7か月齢、未避妊の女の子です。ヘルニアの整復を行うにあたり、避妊手術も同時に行いました。

症状

今回は嘔吐などの症状は特にありませんでした。

検査・診断

心膜横隔膜ヘルニアの症例のレントゲン
心膜横隔膜ヘルニアの超音波画像

手術の様子

緑の点線が囲っている場所が横隔膜にあいた穴から肝臓が入り込んでいるところです。鉗子を使って周囲の膜をはがしていきます。

心膜横隔膜ヘルニアの整復


ヘルニア孔をみつけて胸の中に入り込んでいる肝臓を引き出します。
肝臓を戻したらヘルニア孔を縫合して閉じていきます。

心膜横隔膜ヘルニアの整復


孔を完全に閉じる前にチューブを挿入して胸腔内の空気をできるだけ抜去します。
完全に孔を閉じます。あとはお腹の皮膚を閉じて手術終了です。

心膜横隔膜ヘルニアの整復

本症例は術後の経過もよく、現時点では再発もなく元気に過ごしています。

ただし手術後も一部の症状が継続することがあり、特に重度の食道炎、慢性的な咳、胸腔内にリンパ液がたまる「乳び胸」や、断続的な嘔吐などが術後に残る可能性も報告されています。また、術中または術後に出血、呼吸停止、低血圧などの合併症が起こることがあります。術後の死亡率は8.8~14%とされており、手術の際にはメリットとデメリットを慎重に検討する必要があります。

一方で、長期的な予後(生存期間)に関しては、経過観察と外科的治療の間で明確な差は認められていないという研究結果もあります。しかし、特に若齢時に臨床症状が現れている症例では、今後の合併症リスクを考慮して外科的治療を選択する飼い主が多いです。個々の症例ごとに、動物の年齢・全身状態・飼い主の希望などを総合的に判断し、最適な治療方針を決定しています。

術後の合併症として気胸(胸腔内に空気がたまる状態)が発生する可能性があり、修復した横隔膜が何らかの原因で再度裂けて再発するケースも稀に報告されています。術後も慎重な経過観察が重要です。


その他の記事

  • 犬の甲状腺機能低下症について | 元気がないや皮膚症状は甲状腺機能低下症の初期症状かも? ~治療編~

    こちらの記事では甲状腺機能低下症の治療について解説していきます。 正しく適切なホルモン補充療法とモニタリングが行われていれば予後良好なことが多いです。 甲状腺…

    1か月前
  • 炎症性腸疾患<IBD>、慢性腸症

    炎症性腸疾患<inflammation Bowel disease:IBD>
    慢性腸症<chronic entropathy:CE> 小腸または大腸の粘膜固…

    6年前
  • 食道バルーン拡張術にて治療した食道狭窄の猫の1例

    食道狭窄とは食道内腔が異常に狭くなることで嚥下障害が生じる病態のことを言います。 主な原因としては、薬物や化学物質による化学的な粘膜傷害、過度な嘔吐や胃酸の逆流(逆流…

    12か月前
  • 副腎皮質機能低下症(アジソン病)について解説 | 最近いつもより元気や食欲がないは病気のサインかも?~症状編~

    こちらの記事では副腎皮質機能低下症の症例で認められる症状について解説していきます。 副腎皮質機能低下症では欠乏するホルモンによって見られる症状が異なります。 …

    3か月前
  • 犬の弁膜症:僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)

    犬の弁膜症:僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)   僧帽弁閉鎖不全症(以下 MMVD)は犬の心臓病の代表的な疾患です。犬の心臓の構造は人と類似しており、2心房2心室で…

    3年前
  • 膝蓋骨脱臼の整復

     膝蓋骨脱臼は小型犬に多い整形疾患です。膝蓋骨が大腿骨の滑車溝から外れてしまうことで膝関節伸展機構が正常に機能せず、膝をうまく伸ばせない状態になってしまいます。典型的な臨床…

    3年前
  • ”麻酔前検査”をお勧めしています

    手術をするにあたって、人の場合と同様に犬ちゃん猫ちゃんにも全身麻酔をかける必要があります。麻酔前検査では、この全身麻酔が安全にかけられるかどうかを評価するための検査となり…

    2年前
  • 犬の尿石症について ~症状や治療法について説明します~ 

    尿石症とは?

    尿石症とは、腎臓や尿管、膀胱、尿道などの尿路のいずれかの部位に結石ができる病気です。結石が存在する部位によって、…

    7か月前
  • 犬の脱毛|加齢によるもの?病気?

    わんちゃんも人と同じように、高齢になると毛の色が変化したり薄くなったりします。これは生理的なものですが、中には病的に脱毛が起こってしまうことがあります。 今回は病的な…

    9か月前
  • 腹腔鏡下肝生検

     ワンちゃんやネコちゃんでも健康診断で肝臓の数値が高い子を多くみかけます。一般的には症状がなく、元気そうにみえる子がほとんどですが、重病が隠れていることもあります。 …

    2年前