肺高血圧症
今回の症例は『肺高血圧症(pulmonary hypertension: PH)』です。
肺高血圧症は肺動脈圧の上昇を主として、様々な疾患から2次的に生じることの多い疾患です。
認められる症状として頻呼吸や呼吸困難など重篤な呼吸器症状が認め、突然呼吸不全で死に至ることもある病気です。この病気を疑う症状として突然倒れる失神や運動中のふらつきも特徴的です。
アメリカ獣医内科学会でこの肺高血圧症におけるconsensus statement(医療的公式声明)が発表され以下の6つに分類されることが提唱されました。
1、肺動脈性/先天性
2、左室機能不全にともなうもの
3、慢性呼吸器障害
4、血栓
5、フィラリア症
6、複合型/腫瘤
症例 シーズー 避妊雌
トリミング後から元気がないとの事で来院されました。院内にて呼吸数の増加が認め、血液検査ではWBCの上昇及びCRPの上昇が認められ、胸部レントゲン検査では、心拡大および肺野の間質パターンが認められました。


血液ガス分析では中等度低酸素血症(PaO2:73.4mmHg)および高炭酸ガス血症(PaCO2:47.2mmHg)を認めました。心エコー図検査では右心房、右心室の軽度拡大、三尖弁の逆流と軽度の僧帽弁閉鎖不全症を認めました。三尖弁逆流速 3.81m/s 推定肺動脈圧 68.1mmHg (中等度肺高血圧)でした。



2020年にACVIMから発表された犬のPHのコンセンサスステートメント(下表)では、複数の評価項目による診断基準が発表されました。今回は可能性は中であり、症状と併せて中等度肺高血圧症と診断しました。

全身の循環動態は維持されていたため酸素室内にて安静化し、シルデナフィル(肺血管拡張薬)にて治療を行ったところ呼吸状態の改善が認められ無事退院することが出来ました。
一時的に家でも酸素室を利用してもらっておりましたが現在は酸素室も必要なく過ごせております。
肺高血圧症は重症度によっては生命を脅かす疾患です。また原因がわからないことも多くあり、治療に苦慮することも少なくありません。今回は早期に発見でき、治療を行ったことによって良好な経過が認められましたが今後も注意深く経過を追う必要があります。
その他の記事
-
腎瘻チューブの設置により尿管が疎通した腎盂腎炎の症例
腎孟腎炎は腎孟および腎実質の炎症で,原因としてもっともよくみられるのは細菌感染です。 今回は腎盂腎炎に伴い尿管閉塞を起こした猫に対して、経皮的に腎瘻チューブを設置し、…
3年前 -
2024年の春の健康診断まとめ
今年も春の予防シーズンが落ち着き、夏本番が近づいてきていますね。今年は早い時期から猛暑が続いているので、熱中症には十分気をつけて下さい。 ここからは、今年度の4~6月…
9か月前
-
犬の弁膜症:僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)
犬の弁膜症:僧帽弁閉鎖不全症(MMVD) 僧帽弁閉鎖不全症(以下 MMVD)は犬の心臓病の代表的な疾患です。犬の心臓の構造は人と類似しており、2心房2心室で…
2年前 -
総合診療科
例えば、嘔吐や下痢が認められれば、何となく消化器が悪いのかな?と考えることができますし、咳をしていれば呼吸器かな?と予測することができます。しかし、「なんかいつもと様子が違…
2年前 -
短頭種気道症候群
短頭種気道症候群とは多くが先天性で、パグやフレンチブルドッグなど短頭種に生じる疾患の総称です。外鼻腔狭窄、軟口蓋過長症、気管低形成を先天的に生じ、持続的な気道抵抗の増加によ…
1年前 -
内視鏡 異物除去
内視鏡症例をご紹介いたします。 果物の種を飲み込んでしまったワンちゃんで内視鏡によって摘出を行いました。 異物、誤食の中で桃の種など果物の種は高確率に腸…
5年前 -
腫瘍科
獣医療の発展に伴いペットの長寿化が進み、ペットの死因でも悪性腫瘍(ガン)が上位を占めるようになってきました。 犬の平均寿命 14.76 歳、猫の平…
2年前 -
犬アトピー性皮膚炎|治療の2本柱
今回は犬アトピー性皮膚炎の治療方法について詳しくお話していきます。 犬アトピー性皮膚炎の病態についてはこちらで解説しているので合わせてご覧ください。 =====…
2か月前 -
尾状葉乳頭突起の肝葉切除(肝細胞癌)
犬の肝臓の腫瘍性疾患において一番多く発生する腫瘍は肝細胞癌です。日常の臨床的にもよく遭遇する腫瘍で、発生の形態によって孤立性、多発性、び慢性に分けられます。経過としては徐々…
8か月前 -
「目が見えていないかも…」考えられる原因とは?
犬は人よりも年を取るスピードが速く、7歳を超えるとシニア期に入ります。 年を取れば取るほど病気も増えていきますが、目もその一つです。 「最近物によくぶつかるよう…
11か月前